<Lily of the valley〜行動開始>





ユリアシティを出て俺たちはパッセージリングを操作するためにシュレーの丘に向かった。
ふたりで魔物を切り抜けないといけない状況は厳しくて、なるべく戦闘を避けるようにホーリーボトルを撒いて奥へ進んで行く。

ようやくパッセージリングまで辿り着き、さあ操作しようと腕を持ち上げたところで、はたと気付いたことがあった。
ユリアの子孫であるティアに反応して起動するパッセージリングの仕組みを思い出したのだ。
どうしよう、と癖でセイルに視線を向ければガイ…セイルも困ったように眉根を寄せていた。
まさか今からティアを連れてきて…、なんてことは出来ないし。
こういう時はガイが機転を利かせて助言をくれそうなものなのになど八つ当たり気味に考え始めた時だ。
パッセージリングが突然起動をはじめた。
俺とセイルのふたりして唖然と見上げていると、俺の第七音素に反応したのかパッセージリングが動く。
慌てて記憶を引っ張り出してジェイドの指示を頭の中で復唱しながら操作する。
一通りの作業が終わり、俺が大きく息を吐いてその場にしゃがみ込む。脱力した俺にセイルがポンと頭に手を置いて、お疲れ様と声を掛けてくれた。俺はその手に自分の手を重ねて気の抜けた笑顔を浮かべて、有難うと返した。

休むことなく、シュレーの丘を出て次は外郭大地へと戻る。
次に崩落の危険性があるのはエンゲーブだ。俺たちはノエルに頼んでエンゲーブに向かった。
魔界を抜けて青い空に目を眇めたのは一瞬。記憶に残っているものと同じく、地上では戦争が勃発していた。
巻き起こる粉塵と爆炎。ここまで聞こえてくるはずが無いのに鼓膜に届く絶叫、剣戟。血の匂い。
俺は唇を噛み締めて地上をじっと見つめていた。
不意に重ねられた手の温もりにはっとして横を見る。隣にいたセイルが苦笑を零して俺の左手を軽く撫でた。無意識のうちに握り締めすぎていた左手は拳の形で白くなっている。グローブのお陰で皮膚が裂けるまでには至らなかったが、生地に爪跡がくっきりついていた。

「出来ることをやるんだろう?」

窺うように覗き込んできた青い双眸に俺は小さく頷いた。



*     *     *



アルビオールで村付近に着陸し、まずはローズさんの家に向かう。そして俺がセイルにフォローされつつこの場所が崩落してしまうということを説明すると、ローズさんは蒼褪めながらも村を脱出すると頷いてくれた。
村人の避難準備が慌しく行われていく中、俺も出来ることを協力していたら、セイルに呼ばれた。振り返ると、セイルは手招きをしてきた。首を傾げながらも小走りでセイルの元へ駆けつけると、

「俺はフリングス将軍に避難住民の護衛を頼みに平原へ先に出る。ここをお前ひとりに任せることになるが…大丈夫か」

「……あぁ、だいじょう、ぶ」

「小さな村とはいえ、人数はそれなりだからプレッシャーもあるよな。なるべくはやく戻ってくるから」

頑張れるか。セイルにいわれて、俺はすぐには答えられなかった。
前は二手に分かれても、俺ひとりだけじゃなくて他にふたりが一緒にいてくれた。あの時一緒にいてくれたのはジェイドとティアだった。
誰かが怪我をすれば即座にティアが治癒術を施してくれていたから助かっていた。しかし今回は魔物を退けるのは俺だけで、回復や補助を果たしてくれる人がいない。
正直いうと、自信がなかった。
それでも今はやるしかないんだ。
俺は意を決してセイルの心配そうに揺らいでいる青い瞳を見返して小さく笑って見せた。

「俺のピンチにはすぐに来てくれるんだろ?」

「…、あぁ。飛んでいくさ」

「なら、大丈夫だ」

俺の言葉にセイルもやや表情を綻ばせた。
不安と緊張は完全には消えない。でも、少しだけ心の余裕が出来た気がした。

それからすぐにセイルは村を出てマルクト軍を探しに行った。
俺もしばらくすれば村を出て戦場と化して危険の増している平原へ一般人を連れて出ることになる。
自分で持てる回復アイテムは持って、ミュウと一緒に道具袋へ突っ込んだ。
村で売っていたアイテムは村の人たちに均等に行き渡るように道具屋さんにお願いした。
ホーリーボトルも常に切らさないように準備を整え、俺は緊張で高鳴る心臓を抑えるように右手で胸元を抑え付け、大きく深呼吸をする。
そして行動を開始した。







草原を駆け抜けながら、俺は目を凝らしてマルクト軍を探していた。
死を覚悟して敵陣へ突っ込んで行きながら雄たけびを上げるキムラスカ兵、己の武器が無くなって戦う術を無くし逃げ惑う無力になったマルクト兵。

まさに戦渦だった。
一面焼け野原になり血で大地は赤く染まり死臭が立ちこめ人間の精神をどん底へと叩き落してゆく。
すぐ近くで爆発が起こった。俺は咄嗟に腕で顔を覆い爆風をやり過ごす。
走り抜けながら、込み上げてくる嘔吐感を必死に飲み込む。あまりの血の匂いの濃さに鼻がおかしくなりそうだった。

「…っ?!」

突然の殺気に俺は反射的に振り返りざまに剣を抜き放った。右手から伝わってくる肉を断ち切る感覚と男の低いうめき声。
肩で息をしながら、即死した相手を見下ろす。神託の盾兵だった。
そういえば神託の盾もいるんだったな、と思い出し苦々しい表情になってしまう。
一刻もはやくフリングス将軍を見つけてルークの元に戻らなければ。きっと不安で押し潰され掛けているだろう。
アイツをひとり残すことはしたくなかった。だが状況がそれを許さない。
再び足を動かしながら、かつての仲間たちを思い浮かべ舌打ちを打つ。本当にこの世界は厄介だ。
事が全て終わった時には盛大にローレライへ文句をいってやろう。
俺は心に決めて走ることへ意識を集中させた。







ガイは、セイルは大丈夫だろうか。緊張と不安で心臓が高鳴る中俺はこの場にいない青年を思ってちらと空を見上げた。
ホーリーボトルのお陰で魔物は近付いてこなかったが、この戦禍では例え兵士に襲われなくても爆風や飛来してきた弓矢で民間人に恐怖を与えるには十分だった。
恐慌状態に陥った赤ん坊の泣き声や幼いこどもの不安そうな声。大人たちでも怯えや恐怖を隠せない状態だ。
一歩一歩を確認するみたいに進んでいるので、全体としての動きがとても鈍かった。はやくここから抜け出さないといけないのに。そう焦ると同時に、この大所帯で危険を掻い潜り抜けながらの移動なのだから仕方ないのだとふたつの思考が頭の中で鬩ぎあう。
顎を伝う汗を手の甲で拭って、後ろを振り返ってみんなが無事か確認する。小まめに気を配るのは中々骨が折れることだった。
それでもなんとか死者を出さずに夜を迎えることが出来た。
怪我人の治療に周り、無事を確かめてとやっていたら夜がだいぶ更けてしまっていた。
俺も少しでも睡眠を取らなければ身体に支障が出るかもしれない。けれど、代わりに見張りを頼めるひともいない。
村のひとに頼むには忍びなくて、俺は全体を見渡せる場所に座るとそのまま寝ずの見張りをすることに決めた。

「おい、あんた…」

「え…?あ、なんですか?」

膝を抱えて剣をすぐ傍に置いていつでも戦えるようにして座り込んでいたら頭上から声が降ってきた。急いで振り仰ぐと、男性がふたり立っていた。

「まさか寝ない気なのか?」

「え、えっと…まあ、一応。見張りもいないとまずいし」

「それじゃあ、交代で見張りをすればいいだろう」

「……え」

「なにもあんたがそこまで頑張る必要ないだろう」

「昼間あんだけ身体張ってくれてたんだしな」

男性がそれぞれにいう言葉を噛み砕いて理解するのに数秒を要して、俺は呆然とした。
目の前のひとたちは穏やかに目を細めて俺を見ていた。ふたりのうち右側の男性がすっと腕を伸ばして俺の頭に手を置いて笑った。

「ありがとう、助かる」

「…っ、いえ。俺も…ありがとございます」

「困った時はお互いさまだろう。特に今の状況は、な」

「全くだ」

そういって笑いあう男性たちが俺は直視できなくなって顔を伏せた。

ありがとう。

この言葉を投げかけられただけで、俺はどこまでも頑張れる気がした。


















ひ、久しぶりすぎて以下略。
次はアイツが出てきます。
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2009.04.04